テントウムシは高い移動能力を持つ昆虫で、飛行と歩行を使い分けることで広い範囲を探索する.この生活スタイルを可能にしているのは優れた展開・収納機能を持つ折り畳み型の後翅である.この展開は非常に速く,翅のフレームに備わっている伸びようとする復元力をうまく使い一瞬で離陸することができる.その一方,広げた後ろばねを着陸後に折り畳む方法については,鞘翅と胴体を使っていることが指摘されてたが,単純な胴体の上下運動だけで何故複雑な折り畳みパターンに収納できるのかはわからず,これまで曖昧な説明しかされていなかった.テントウムシは折り畳みの際,最初にさやばねを閉じるため,その下で具体的に何をやっているのかを観察できない問題がある.鞘翅は折り畳みに必要なパーツなので、観察のために切り取ることもできない.さらに,飛行の際に求められる安定性と,収納時のコンパクトな折り畳み形状の両方を実現している後ろばねのフレームがどのような構造になっているのかも不明なままであった.
本研究グループは,透明な人工さやばねをナナホシテントウムシに移植することで彼らの収納プロセスを可視化し,これまで見えなかった具体的な折り畳みのテクニックを解明しました.人工鞘翅はネイルアート等に使われる透明な紫外線硬化樹脂でできており,歯科用のシリコン樹脂を使い本物のさやばねから取られた型から作成されました.高速度カメラで撮影された動画から,テントウムシが鞘翅の内側の曲面やエッジ,三日月型の翅脈を器用に使ってはねに折線を導入し,背中でこすり上げることで徐々に翅を引き込んでいることが明らかになった.
さらに,翅の折線部分(ヒンジ)がどのような構造になっているのかを解明するため,マイクロCTスキャナによって展開時と収納時の翅の3次元形状の解析を行い,人工衛星用展開アンテナ等にも用いられているテープ・スプリング構造(注5)が使われていることを明らかにした.巻尺としても使われているこの構造は,伸ばした状態で安定化し十分な強度を発揮するうえ、必要に応じて好きな場所を弾性的に折り曲げて畳むことができる.テントウムシはこの特性をうまく使い,素早くコンパクトに折り畳めるうえ,飛行の際の羽ばたきに耐えられる高い強度をもったはねを実現していると考えられる.
甲虫たちは身体のサイズや形状,生態に応じてさまざまな方法で後ろばねを折り畳んでいることが知られている.カブトムシなどの大型甲虫のはねはフレームが太く高い強度を持っているが,折り畳みは単純で収納の効率はあまり高くない.反対にアリヅカムシなど体長1mm程度の小型甲虫は薄い膜状の後ろばねを長さ方向に5~7回折り畳むことで非常にコンパクトな折り畳みを実現しているが,はねのつくりは非常に華奢である.本研究グループがテントウムシに着目したのは,彼らがこれらの中間スケールの昆虫にあたり,折り畳みのコンパクトさとはねの強度・剛性を“ほどよく”備えており,工学的な利用価値が高いと考えたためである.硬いパーツをジョイントで繋いで作る多くの人工的な変形機構と異なり,テントウムシの後ろばねの折り畳みにはフレームの部分的な柔軟性が巧みに利用されている.パーツの少ない非常にシンプルな構造で複雑な折り畳み形状を実現できるのはこのためである.ここから学ぶことで,人工衛星用大型アンテナの展開からミクロな医療機器,傘や扇子などの日用品まで,形状変化機能を持つさまざまな製品の設計・製造する際の新しいアイディアが生まれると期待される.
共同研究者
野村周平(国立科学博物館),山本周平(九州大学),新山龍馬(東京大学),岡部洋二(東京大学)
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
米国科学アカデミー紀要
論文タイトル:Investigation of hindwing folding in ladybird beetles by artificial elytron transplantation and micro computed tomography (掲載誌)
著者: Kazuya Saito*, Shuhei Nomura, Shuhei Yamamoto, Ryuma Niiyama, Yoji Okabe
関連
・東京大学プレスリリース(2017.5.17),「水玉模様の下に隠されたテントウムシの驚きの収納術」
※本研究成果は国内,海外を問わず様々なメディアで紹介されました.
【海外紙】
・New York Times, Ladybugs Pack Wings and Engineering Secrets in Tidy Origami, May 18, 2017
・The Daily Telegraph,Ladybird wings could help change design of umbrellas for first time in 1000 years, May 15, 2017
※その他米国紙のThe Times, USA Today, 仏紙のル・モンドなどでも紹介.
【国内紙】
読売新聞,日本経済新聞,朝日新聞,毎日新聞,共同通信,朝日小学生新聞,読売こども新聞など
【TV】
Discovery Channel (Daily planet), NHK(おはよう日本,News 11など),テレビ朝日(スーパーJチャンネルなど),
※ロイター通信からも取材を受け,ニュース映像が英語圏メディアで放送された.
【科学メディア】
National Geographic(Website), Scientific American (Website), New Scientist (Website及び雑誌),Science Friday (ラジオ),Newton(国内科学雑誌)